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TiaFes2023

 MAIN STORY

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街中を歩いてみたが、ピッコロ(フルートの仲間。フルートより短い)を吹くのに都合のいい場所は見つからなかった。

なにしろ世界の誕生を祝う祭りを前にして、街中で準備が進められている。街灯はひとつひとつに祭りの旗が下げられ、家々の入り口には色とりどりの花が飾られていた。どこからともなく、練習中のホルンの音が聞こえてくる。広場でも公園でも、出し物を見るための観客席が作られようとしていた。作業する人たちの、急いではいても焦ってはいない、自らの意志でやりたいことを進めている、充実感に満ちた笑い声。

にぎやかで心地よい空気ではあるが、落ち着いて吹けるような雰囲気ではない。幼いころは練習が嫌で嫌で母親から逃げ回っていたのに、今では自ら吹こうとしているのだから面白いものだと思う。没頭でき、気分転換にちょうどいいのだ。

 

冒険者になって十一年になろうとしているが、この祭りに来るのは何度目になるだろうか。冒険者になりたてのころは、次々出会う未知を追いかけるので精一杯で、祭りに来る余裕もなかった。近頃は多くの経験を積んだことで動じなくなって、初めて見る強大な敵もどうやって対処方法を見つければいいかわかるようになったし、行ったことのない場所はほとんどない。冒険に出ても未知に出会うことは少なくなった。かつてより、冒険に挑む気概が減っていた。それも悪くないと思っている。

 

吹き場所を探すのに疲れ、ちょうど見えてきたカフェに立ち寄った。ランチタイムが落ち着く時間帯のせいか客は少なく、道に面したテラス席へと案内される。テラスの真ん中には大きな木があり、その木陰と青空、夏風が心地よい。
「洞窟の突き当たりには扉があったよ。人間サイズの木製の扉だね」
その風と共に、道を挟んだ向かい側から聞こえてきたのは少年たちの声だった。祭りのために設置されたのか、並べられた木製のテーブルのひとつを、五人の少年たちが囲んでいた。
「よし、ハンス、罠チェックだ」
「今はハンスじゃなくて盗賊のウッドだってば。じゃあ罠がないか調べるよ」
「ではウッドはダイスを振ってくれ。『きようさ』で、2D6の判定だ」
「じゃあダイスを、えーと2D6だから六面体ダイスを2個振るね」
あれは……懐かしい。あれはTRPGだ。

 

 

TRPG。テーブルトーク・ロール・プレイング・ゲーム。
キャラクターになりきって遊ぶゲームの一種で、ラッカランで遊べる「すごろく」に似ているが、最大の違いは、状況の説明や行動の選択を会話で行う点である。そのため、自由度は比べものにならないほど高く、考えることも多い。

  

ああ懐かしい。アルバムを開くように記憶が蘇ってくる。

TRPGを最初に遊んだのは、十歳のころだった。夏休み、学園寮から帰省してきた兄がルールブックを持ち帰ってきたのだ。最初のプレイはたどたどしいものだったが、その夏以降、長期の休みには兄がゲームマスター、俺と妹二人がプレイヤーとなって遊ぶのが常だった。十日以上かけて少しずつ強くなり、失敗を経験しつつも最後にはボスを倒して大団円を迎える。
思えば、俺が今冒険者をしているのはTRPGが原点にあるのかもしれない、とも思う。
「スライムAに、はがねの剣で攻撃する!」
「OK。じゃあ命中判定だ。ダイスロール!」
少年たちの盛り上がりはまだまだ続きそうだった。支払いを済ませ、再び町を歩いて探索する。しかし、ピッコロの吹き場所は見つかりそうにもなかった。頭が、TRPGから思い出される次々に支配されていたから。

 

 

TRPGは、冒険者となった後も必須のスキルだった。
酒場で出会っただけの見知らぬ冒険者と、時に命がけの冒険をするのだ。命を預けるに値する人物か、見極めなくてはならない。プレイヤーが協力しなくてはクリアできないTRPGは、単なる会話のきっかけや娯楽ではなく、冒険の段取りを学ぶ簡易シミュレーションツール、短時間で相手を知る格好のコミュニケーションツールと見なされている。こいつはルールを理解する最低限の頭はあるか? 人の話を聞けるやつか? ピンチの場面で的確な判断が出来るか? 協力する意志はあるか? 用意周到か? 大胆不敵か? 会話で進むゲームではあるが、時に行動は言葉以上にものを言う。たとえクエストの結果が失敗に終わったとしても、そいつがどんなやつかは大体わかってくる。

だから、見知らぬ町に着いて最初にすることは、酒場でTRPGをしているやつら、特に信頼できるゲームマスターを探し、自らのキャラクターシートを見せることだった。

 

しかし、知り合いが増え、見知らぬ町に行くことが少なくなった今、TRPGをすることも少なくなった。少なくなったことにすら気付かなかった。

 

結局、少年たちが気になって、カフェのそばまで戻ってきた。日が傾き始める中、少年たちは先ほどと同じくTRPGに興じていた。違うのは、その周りを大人たちが囲んでいること。隣のテーブルから引き寄せた椅子に座るご老人、買い物帰りらしき恰幅の良い女性、腕を組んで見守るエプロン姿のおじさん等々。BGMのつもりなのか、サングラスをかけた男性がゆっくりとしたテンポで、ボーン、ボーンとベースを弾いていた。みな、邪魔をするわけでも喋るわけでもなく、様子を見守っている。老若男女を問わず国民的なゲームだから、大人たちもきっと、自身のかつての冒険を重ねているのだろう。
周りが見えているのかいないのか、少年たちは気にした様子もなく、ゲームに集中していた。
「くそー! もう少しなのに!」
「がんばれ! これをクリアしたらきっと、レベル11になれる!」

 

レベル11!
その響きが、心にこだまする。響いた理由は、遅れて浮かんできた。

 

後から知ったことだが、兄妹で長期休みごとに遊んでいたのは、どれも初心者向けのクエストだった。レベルは10までしか上がらないようになっていて、ボスの難易度もレベル10に調整されていた。工夫すればぎりぎり倒せる、絶妙なバランス。毎回レベル1からキャラクターを育て、レベル10を目指していた。レベル10は、ゴールだった。

 

だから冒険者になったころ、出会いを待つ間に遊んだゲームで初めてレベル11の存在を知ったときの、その衝撃たるや! 使える魔法の回数が増え、威力も上がり、逃げ回るしかなかった敵も倒せるようになる。行ける場所が増える。世界が、広がる。

駆け出しの冒険者である自分の境遇と重なり、世界が光って見えた。事実、レベル11になったその日のゲームは徹夜となり、明け方酒場を出たとき、何もかもが朝日に包まれ光っていた。空の遠さと世界の広さ、広がる世界と同じくらい成長できる確信、踏みしめたこの道が世界の果てまで続いているという実感。どこまでも行けるという自信が体中に満ち、徹夜明けの疲労すら心地よいくらいだった。

 

ボン、ボンと、ベースのテンポが速くなった。近寄ってゲームの様子をうかがうと、どうやらラストバトルのようだった。少年たちの表情は真剣そのもので、プレイヤーの四人もゲームマスターも、みんな額に汗を光らせていた。取り囲んだ大人たちもまた、少年たちと同じくらい真剣な顔をしていた。恐らくみな、手に汗握り、頭の中では同じ光景を浮かべている。最早、大人たちは見守っているとは言えなかった。共に、戦っている。

 

ああ。
そうか。
ここだったのか。

 

ピッコロを取り出し、ベースに合わせて吹き始めた。テンポが速く、戦闘向きのメロディ。気付いた大人たちが無言でスペースを空け、ベースの隣に座らせられる。ベースの男性が素早くサングラスを外して胸ポケットにかけ、こちらを見て頷く。

冒険者たちはピンチであるものの、勝ち筋は見えていた。しかし、ダイスの出目次第ではどうなるかわからない。戦士の少年は、ダイスをにぎる右手を左手で包み、それは祈りの形をしていた。

 

僧侶が槍で攻撃した。さっき唱えたホイミが最後の詠唱だったのだ。MPがもう、ない。大人たちの輪が、一歩小さくなった。ああがんばれ。がんばってくれ。
焦りはあるが、冒険者たちは自分の役割をわかっている。戦士のはやぶさ斬りが、魔法使いのヒャドが、確実にボスのHPを削っていく。
かなりのダメージを与えているのに、まだなのか。
もしかしたら、このクエストは失敗するかもしれない、と思ったそのとき、盗賊のツメが「かいしんのいちげき」を放った。頭の中で巨体が倒れ、大地を揺らす音が聞こえた。

 

大人たちはわきまえたもので、声を上げない。まだクエストは終わっていないからだ。
冒険者たちは街に戻り、モンスター討伐の報告をする。報酬を受け取り、ゲームマスターが誇らしげに宣言した。
「おめでとう! 今回のクエストは大成功だ!」
少年たちの声は、大人たちの歓声に飲み込まれた。背を叩かれる少年たちと、握手し合う大人たち。俺もまた、ベースの男と握手を交わす。
歓声と拍手の中で、その場にいる誰もが笑顔だった。みんな、このゲームが大好きなのだ。

 

歓声の中で、また冒険をしようと心に決めた。かつてのように、未知を求める冒険を。
十年の冒険で何もかもを知った気になっていたが、まだまだ知らないことだらけだ。たとえば、ゲームひとつで見知らぬ人たちとこんなにも心を重ねられることとか。

ゴールだと思っていたここは、スタート地点。ゴールに見えていたのはレベル10までしかないと思い込んでいたからで、10というキリの良さを超えてレベル11があるのなら、その先だってきっとある。冒険に出て、そしてまた来年、この場所で歓声を上げるのだ。

 

「おい、兄ちゃんたち。ファンファーレできるか。レベルアップファンファーレだ!」
ベースの男と目配せし、高らかに。始まりの合図のように。
その歓声はきっと、
『レベル11、おめでとう!』
世界中に聞こえていた。

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