朝になり、宿を引き払って待ち合わせ場所に向かう。昨日は何か、確信のようなものがあったけれど、果たしてそれは酒が見せた幻だったのだろうか? なんとなくの勢いだけで、待ち合わせ場所には結局ニスタひとりしか来ないのでは?
わずかな不安とともに巨大な門をくぐり、乗合馬車が停まっている広場まで行くと、背筋を伸ばし、すらりと立つメリアがいた。
「おはよう。よく眠れたようね」
「メリアもね。結構飲んでたみたいだけど、お酒には強い方?」
「ちょっとだけね」
話しているうちにすぐ、門の方からフォルテが来た。大剣を背負っている。
「おはようフォルテ」
「おう。おぉ珍しい得物持ってるな。今時、棍か」
フォルテはニスタの背負う白銀色の棍を見て目を輝かせる。棍をフォルテに手渡すと、ゆっくりと型のような動きを見せた。
「やっぱり駄目だな。俺には合わねぇ」
「そうだねぇ。力を込めるというか、受け流して返す、みたいな感じだからね。フォルテあれでしょ、力を込めて込めて込めまくりたいタイプでしょ」
「おうよ。だからこういうのが」と親指で背中の両手剣を指し「理想だ。一応片手剣も履いてはいるがな」
「おい兄ちゃんたち。乗るんだろ? 出発するぜ」
馬車のおっちゃんが鞍の具合を確かめながら言う。だけどまだ、クラルスが。
「おじさん、もう一人来る予定なんだけど、待ってもらえないかしら」
「そりゃ構わないが、兄ちゃんたち、五人組なのかい? 珍しいね」
『五人組?』
「馬車ん中に一人いるから、もう一人来たら五人だろう?」
馬車の中からやぁ、と顔を出したのはクラルス。
「やっと来ましたね。混むのが心配でだいぶ早く来ましたが、どうやらぼくらの貸し切りみたいですよ」
にやりと笑ったフォルテは、「おっちゃん出発だ!」と叫んだ。
ニスタは、わくわくしていた。昨日のあの確信は、お酒の勢いではなかったのだ。
馬車は順調に進んでいく。
確認するぞ、とフォルテが取り出したのは地図。
「見てもいいの?」
「構わねぇ」
冒険者にとって地図というのは、冒険の書の次に大切なものだとされている。水場や安全に寝泊まりできる場所については共有するのが一般的なマナーだけれども、まだ探索中の遺跡とか、次に狙っているお宝の場所などは、他人に知られることで不利益となる可能性があるから黙っている人が多い。それでなくても、自分がどんな風に旅をしてきたかがわかってしまうものだし、それを恥ずかしいと思う気持ちもある。
広げられたフォルテの地図には、やはりあちこち書き込みがある。じっくり見たいとこだけど、今はフォルテの指先を追う。
「このまま馬車で街道を南下して、川を渡ってしばらく行った先で北東方面に折り返す。街道を逸れるから馬車はこの橋を過ぎたとこまでだ」
橋を渡った先から北東方面。森の絵が描かれており、その先は高山が描かれているが、わざとらしい雲で覆われていて、その辺りがどうなっているかは描かれていない。この地図を作った時点では、そこに何があるのか、どんな地形なのかわかっていなかったのだ。
「ここに何があるのか俺は知らねぇ。山が続いているというやつもいるし、盆地になっているというやつもいる。だが、どいつも咆哮はこっち方面から聞こえてきたと言っていた」
フォルテの指先は雲の真ん中を示す。そこに描かれた、Dの文字。
「その森あたりなら行ったことがあります。でもぼくの地図にも、山の部分は載っていませんね」
「わたしのにも」
クラルスとメリアが自分の地図を広げてみせる。メリアの少し跳ねるような字、クラルスの丁寧な字。やっぱり他の人の地図を見るのは面白い。ニスタも自分の地図を広げてみせる。
「あたしのにも載ってない、けど、実はこの辺りまでいったことがあるんだ」
ニスタはフォルテの地図で、橋の手前、街道と山が接近する辺りを指し示す。
「ここから東、山の端あたりまで行ったことがある。朽ちてなければここに山小屋があるよ。その先も行けそうだったけど、行ったことはない」
「フォルテのルートは、この森を抜けるのに時間がかかりますね。迷うような森ではなかったですが、ちょっと距離があります」
「ニスタのルートは、短いわね。でも通れる保証がないってことよね。どっちみち、この山に入ったら、先がどうなっているかはわからないけれど」
三人の視線は、フォルテへ。
「安全だけど時間のかかる道か、通れるかどうかはわからないが、短い道か。特段急ぐ旅ってわけじゃねぇが」
フォルテはまた、にやりと笑う。
「おもしろそうな方を選ぶのが冒険者ってもんだろう。ニスタルートだ!」
「そう言うと思った。じゃあこの小屋までは案内できる。そこから先は未知」
「未知上等! 小屋の状態を確認できるだけでも結構な成果だ。次からはそこを拠点にできるかもしれないからな」
「水を取れそうな場所はありました?」
「小屋を降りた先に小川があったよ」
「じゃあ今夜はそこで一泊かしらね」
「そうだな。小屋まで行って小屋の状態と、その先の道を確認する。行けそうなら翌日その先を行く。行けそうにないなら引き返してこっちの森から行く」
三人が頷いたとき、おじさんの少し大きな声が聞こえる。
「兄ちゃんたち、ちょっと手伝ってくれんかね」
「何を? 御者、変わる?」
「魔物だ。振りきってもいいが、たまにゃ痛い目に遭わせねぇとどんどん増えるからな。腕試しに、どうだい?」
「聞くまでも」とクラルスは立ち上がって幌の隙間から外を覗く。
「ないわよね」とメリアはリュートを隅にあった藁の上にそっと置いた。
「おっちゃん、いいぜ! 停めてくれ!」
フォルテは、馬車が止まる前に飛び出していた。
「ニスタ、戦闘が苦手なら中にいてもいいわよ」
「大丈夫大丈夫」
戦闘の腕を見ておきたいし。みんないい人だけど、だからこそ、その腕を確かめておかなくては。どうでもいい味方なら置いて逃げたっていいけど、逃げたくはない人たちだから。
ニスタが馬車から降りたとき、既にフォルテの周りには、斬られた魔物が数体転がっていた。
「わたしたちの出番は、なさそうね」
「あの鳥は、仲間を呼ぶと思いますよ。あ、ほらあちらに」
クラルスが指さしたのはフォルテとは馬車を挟んで反対側で、空に、複数の影が見える。その顔がわかるようになった、と思った頃には急降下し、馬車の真上をかすめ、またすぐに飛び上がる。
「よーし」
「おぉブーメラン。珍しい形ですね」
ニスタが握るブーメランは、昔から愛用してきた特注品だった。刃物はまだ危ないから、と持たせてもらえなかった頃からの付き合いで、これまでもずっと一緒に旅をしてきた、いわば相棒。
「いいでしょ。あたし仕様にカスタマイズしてるから、貸してあげられないよ」
鳥の動きを見て、振りかぶって、投げる。地面から昇るように円を描いたブーメランは、二羽に当たり、力なく落下させる。と、そこに刺さる、矢。
「念のため、ですよ」
いつの間にか、クラルスが弓を構えていた。
「おお。お嬢さんやるねぇ」
御者のおじさんが褒めたのはニスタではなくメリア、のはずだけどメリアの姿が見えない、と思ったら、上から降ってきた。重さがないように地面に降り立ったメリア。直後、すぐそばに勢いよく落ちてくる鳥。斬られている。メリアの両手には、短剣。
「どうやったの?」
「こう、やったの!」
メリアは御者台、次に幌の柱のあるところをトントンと踏み、高く跳び上がった。ふわりと服が広がった、かと思ったら鳥を斬っている。音もなく煌めく短剣。綿毛のように身が軽い。地面に降りるときもまるで羽毛のよう。
「メリア、すごい!」
「真似して怪我すんなよ」
振り返れば目を輝かせたフォルテがいた。
「もう終わり?」
「終わりだ。物足りねぇが、山に入れば嫌でも襲われるだろ」
「よし、馬は大丈夫だ。行けるよ。出発しよう」
一戦闘を終えてほっとした。みんな戦い慣れている。フォルテは、いくらでも来い、といった表情をしていたけれど、馬車に乗っている間は結局、その一回しか魔物に遭わなかった。橋の手前で馬車を降り、予定通り山の方に向かう。まばらだった木が増え始め、上り坂になる。記憶と地図を頼りに山道を行く間、何度か魔物との戦闘になる。だんだんそれぞれの特徴がわかってくる。
例えばクラルスは目が良い。頻繁に立ち止まってはスケッチブックに何か書き付け、気がつけばいつも最後尾を歩いているくせに、最初に魔物を発見するのはクラルスなのだった。
「あの茂みのあたり、いますね」
全体を把握しているし、落ち着いているから、後ろにいるだけで安心感がある。
メリアは無駄な力を使わない戦い方をする。狙える限り弱点を狙っているように見える。それにやっぱり耳が良い。後ろを見ずに、斬りかかってきた刀を側転で避け、避けた先にいた別の魔物を蹴り飛ばす。まるで、踊っているみたい。
「メリアって羽根みたいに軽く翔ぶよね。秘訣は何?」
「そうねぇ。筋力かしら」
腕を触らせてもらったら、細く見えるのにしっかり筋肉だった。たぶん、脚もそうなんだろう。
フォルテの戦いで一番おもしろかったのは、こまめに薬草を使っていたこと。
「なんだよ?」
「いやあ最近薬草を使ってる人、珍しいなぁと思って」
「ぼくが回復しますよ」
「魔力は温存しておいた方がいいだろ」
「それもそうですが、その薬草は、ぼくが呪文を使えないときのために取っておいてください」
確かにその方がいいか、とフォルテは薬草を仕舞った。昨日出会ったばかりだけど、パーティーって感じでいいな。
今も誰かが通っているのか、という程度に道が残っている。川は細くなり、木漏れ日が両岸を照らしている。道も川に沿っているから蛇行し奥は見通せない。道はついになくなり、行き止まり、かと思うところに大きな大木がある。大木の洞は通れるようになっており、その先にも道がある。やがて山小屋が見えてきた。記憶とニスタの地図にあるとおり、小屋は崖のすぐ下に建っている。
「おいおいこれは山小屋っつーか」
「館、と言って良いレベルですね」
丸太を組み合わせた造り自体は山小屋によくある形式なのだけど、その規模が違う。大きいのだ。
「そうかもね。都会の宿屋並みだよね」
正面にある両開きの扉は難なく開いた。チリンチリンとドアベルが鳴る。三十人は集まれそうな広いロビー。不規則に並んだ木製の丸テーブル、左右と正面にいくつかの扉。正面に大階段。二階の高さをぐるりと囲む渡り廊下。静かなロビーを、午前の日差しが優しく照らしている。
「中もお屋敷みたいね」
クラルスが右手を前に出し、左から右へゆっくりと動かした。指輪の一つが黄色く光っている。
「魔物の気配はありませんね」
「ねぇニスタ、前にここに来たのはいつ? 全然埃も積もってないし、今も誰かが使ってるのかしら?」
「三年くらい前かなぁ。その時もこんな感じで生活感があったんだけど、三日泊まっても誰も来なかったよ」
「盗賊のアジトって感じはねぇな。冒険者の避難小屋でもねぇ。綺麗すぎる。上品な感じすらある」
「避難小屋なのかもしれませんよ。ほらこれ」
クラルスが見せたのは、ノート。『来訪者帳』とある。
「そこの暖炉前の本棚にありました。避難小屋にしては立派ですし、フォルテの言うとおり上品な感じはしますが」
「そんなのあったんだ。気付かなかったな」
「鍵もかかってなかったですし、ありがたく使わせてもらいましょう」
「よし、思ったより早く着いた。ニスタ、この先の道を案内してくれ。行けそうかどうか見込みを立てたい」
「オッケー。でもそっちじゃないよ。こっち」
ニスタが指し示したのは、奥。階段の後ろの、扉。
「なんだこりゃ」
扉の奥にはロビーと同じ幅の部屋がある。正面に、鉄製の扉。
「この奥って、岩壁ですよね? 洞窟になってるんですか?」
「うん、そう。前は扉を開けて、ちらっと覗いて止めたんだ」
「洞窟があるってのに、探検せずに帰ったのか? お宝が欲しくねぇのか」
鉄の閂を外しながらフォルテが笑う。
「中を見たら、その理由がわかるよ」
フォルテが、重々しく扉を開けて、なるほど、と呻いた。
「階段、か」
扉の向こうはすぐ階段となり、それはもうどこまで続いているのかわからないほどまっすぐ上まで続いている。ニスタは部屋の窓を開ける。
「ね? 風があるでしょ? よおおおく見るとうっすら光も見えるんだよ。だから多分通り抜けられるとは思うんだけど……」
「行き止まりだったら、戻ってこないと行けない訳ね」
「しかしかなりの高さを登っているようですから、山の中をくりぬいて、向こう側まで通じてる可能性はありますね」
「罠がある可能性もあるけど、未踏の山を行くよりは歩きやすいと思うんだ」
「確かにな。よし、行こう。行き止まりだったら戻ってきて今夜はここで泊まる」
「行き止まりじゃなかったら?」
フォルテは不敵に、冒険だろ、と笑顔を見せた。出発だ。
フォルテが何段か登ると、音もなく、左右に明かりが点いた。右、左、と交互に光る明かりは青白く、揺らぎもない。
「魔法灯か。珍しいな」
「すごい。先が見えないくらい上まで続いてるわ」
メリアが斜め上、階段の先を指さす。左右の光はやがて見えるか見えないかの点になる。目が慣れず、うまく見えない。
「フォルテ、すべんないでよね」
階段は大人ふたりが優にすれ違える幅があったけど、フォルテが転がり落ちてきたら後続が巻き込まれる可能性は高い。
「大丈夫だ。石造りだし湿ってもいない。罠感もねぇ」
罠感、とメリアとクラルスが笑う。ニスタはなんとなくしっくり来たから笑わなかった。
「さぁて、んじゃあ行くか。どれくらいかかるかねぇ」
「見えてるからって近いわけじゃないよね。休憩も要るだろうし、行って帰ったら夕方って感じかな」などと会話をしていたのに。
「なんだこりゃ?」
登り始めて間もなく、百歩も登らないうちに踊り場に着く。フォルテが立ち止まったのは、床から天井まで鏡のようなものが道を塞いでいたからだ。ただし鏡と違ってこちらを反射しておらず、向こうが透けて見える。彫刻の施された豪華な枠の内側に、薄い青色、半透明の膜があった。膜は、流れる水のように揺れている。
「魔力の流れを感じますが、作用はよくわかりません」
「罠感はないわね」
「ちょっとみんな離れてて」
メリアとクラルスが何段か後ろに下がるのを見て、ニスタがゆっくりと、棍の先を膜に通してみる。膜を通った部分が消えた。またゆっくりと抜いてみる。何も変化がない。
「何か感触があったか?」
「何もない」
ふむ、と腕を組んでいたフォルテは、いきなり膜に飛び込んだ。
「フォルテ!?」「ちょっと!」
悲鳴に近い声が上がった瞬間、フォルテは戻ってきた。
「大丈夫だ。罠じゃねぇ」
言うなりフォルテは再び膜を通る。
「行く?」
「行きましょう」
クラルスがすたすたとくぐり、メリアは熱いお風呂にゆっくり足を入れるようにくぐって行く。ニスタも足の先から入れてみるが何の感触もない。意味がないとわかっていても息を止めて飛び込むと、そこはやはり踊り場で、目の前には三人の姿があった。
「何これ?」
「あれを見てみ」
フォルテが親指で示したのは階段の先。数段登った先に、扉がある!
「扉!? なんで!?」
後ろを振り返ると、同じような透明の鏡があり、透けたその向こうに下り階段があった。長く、先が見えないほどまっすぐの。
「どうやらこれは、転送装置のようなものみたいですね。階段をショートカットできるようです」
「え、じゃああの長さの階段を一気に登れたってこと? すごい!」
確かに、階下に小さく明かりが見えた。小屋の部屋から漏れる明かりだろう。
フォルテは既に、上の扉を開けようとしている。まばゆさで目がくらむことを警戒し、目を細めたけどそこまで明るくならなかった。扉の先は、また小屋の中。窓から漏れる光。下の小屋よりだいぶ小さい部屋。
「さっきと同じような雰囲気ね。埃もないわ」
正面と、左手に扉。ニスタとクラルスが左の扉を開けると、登ってきたものと同じような雰囲気の階段がある。今度は下り階段で、十段ほど下には踊り場があり折り返していた。どうやら真下に向かっている。
フォルテは正面の扉を開け、こりゃすごいな、とつぶやいた。今度こそまぶしい。風を感じる。
「これは、絶景ですね」
扉の先はベランダ。辺りの光景が一望できる高所。すぐ下は崖、崖下に森。視線を上げると森はやがて岩肌の大地となり、視界の中央にきらきら光るのは湖か。はるか先は空を突かんばかりの大山。遠くで鳴く獣の声、風の音。ひやりとした爽やかな空気。
「これが、山の中……」
ニスタは今、地図に描かれていない、未知の場所にいる。
腹ごしらえのための休憩をとる。せっかくだからとベランダのテーブルを使い、それぞれ持ってきたものを食べる。クラルスは、夢中でスケッチを進めている。立ったまま、何かをかじっては手を動かしている。
「さっきのあれって、アーティファクトだよね」
「アーティファクト、ってのはなんだ」
「昔の天才ってさ、何でも一人でやってたって言うじゃん? 発明家であり哲学者、建築家であり彫刻家、みたいな」
「ああ。鏡文字でメモを書くような連中のことだな」
「そうそう。同じように職人も、何でもやる天才がいたんだよ。今は武器職人なら武器職人って分かれてるけど、昔の天才はひとりで全部やった。全部やるから、素材や部品の段階から錬金ができたし、今みたいに部位ごとに決まった錬金だけじゃなく、もっとふしぎな効果も付けられた。装備して歩くだけで傷が治る鎧とか、かぶれば呪文が二重に発動する帽子とか。ああいう今は失われちゃった装備とか技術が」
「アーティファクトか」
「そういうこと。埃が全然積もってないのも、もしかしたらあたしたちの知らない技術が使われているのかもしれない」
「……おとぎ話にね、進んでも進んでも元の場所に戻るダンジョンの話があるんだけど」
「うん」
「さっきのあの転送鏡。あれを使ったら作れるわよね?」
ニスタは頭の中で鏡を配置して、確かに、と頷いた。
「もしかしたらああいう技術が、今はおとぎ話になっちゃってるのかもしれないわね」
「さっきの転送鏡。なんで階段の中に作ったんだ。階段を作らずいきなりつなげればいいだろうに」
「どうしてかしらね? 前後に距離がいるとか、明かりに弱いとか、技術を隠したいとか? もしかしたら、最初は階段だけだったけど、不便だったから、後から設置したとか」
「なるほどぉ。そこにある理由を探れば色々なことがわかりそう。上と下の小屋はなんなのか! いいねぇロマンだよ、ロマン!」
思うに、とクラルスが振り返る。
「ここは見張り台だったんじゃないでしょうか」
「見張るって、何を?」
その時、タイミングを狙っていたかのように、遠くから咆哮が響いてきた。鳥の群れが飛び立つのが見える。直後、先ほどより高い、また別の咆哮。全ての山彦が消えたころ、ニスタは心臓が早鐘を打っていることに気付いた。手足も少し震えている。
「あいつら、だろうな」
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