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オリジナルストーリー「盟友たちのクロスポイント」1



 この辺りは宿屋と酒場が別になっているのが基本、と聞いたから、ニスタはまず宿屋で部屋を確保してから酒場に向かった。髪の毛をほどいて少しでも大人ぽくに見えるようにがんばってみる。一流冒険者として貫禄を身につけ、早く「お嬢ちゃん」ではなく「お嬢さん」と呼ばれるようになりたいものだけど、この街ではどうかな? ウェナ諸島の冒険で、少しは大人っぽくなってないだろうか。

 新しい街、新しい出会い、新しい冒険を期待して酒場のドアをくぐったニスタを出迎えたのは、怒声とお酒の匂い、そして革手袋。……革手袋? 怒声も、ニスタの顔の横に飛んできた焦げ茶色の革手袋も、ニスタを狙ったものではないようだった。酒場の中央で、男たち二人が言い争いをしている。

「何度でも言ってやる! お前のようななまっちろい青二才など、ドラゴンを倒すどころか会うだけで八つ裂きにされるわ!」

 青二才、と呼ばれたのは赤い鎧の青年で、見えている腕は筋肉で覆われ、決してなまっちろいとは言えない。けれども青年に怒鳴っているおじさんは青年より二回り大きな身体をしており、確かにあれに比べれば貧弱に見えるのかもなぁ、などと思いながら店の端を通って奥のカウンターでビールと食事を注文、しようとしたのだけど。

「悪いねお嬢ちゃん。今からあいつらが殴り合って店ん中ぐちゃぐちゃになる予定だよ。今日は間もなく店じまいさ」

 お嬢ちゃん、か。小さくため息をついて後ろで髪をくくる。

「あの騒ぎをなんとかしたら、料理作ってくれる?」

「そりゃ構わないけど……」

 あんたみたいなちっちゃいお嬢ちゃんが? という目線。

「あ、いいのあるじゃん。ちょっと借りるね」

 カウンターに置かれていたフライパンとお玉。これのいいところはやかましいだけじゃなく、武器に見えないことだ。

「はい注目~!」

 ガンガンガン! とフライパンを鳴らしながら店の真ん中へ。なんだぁ? という声。注目を集められた。いい感じだ。フライパンのリズムを変えて、ガン・ガン・ガガンと繰り返す。

「祭りを前に、早くもにぎやか男ふたり! ここまで来ればもはや理屈はなりを潜め、ぶつかり合うは互いのプライド、己の強さを見せつけるしかない! そうでしょ!」

 そうだ! という声。ふたりの男の周りをぐるっと歩いて周りを観察。被害を怖れたのか、ほとんど何も乗っていない丸テーブルを発見。ぐるんぐるんと回しながら男たちふたりの前へ。

「雌雄を決するのは何か? 仲良くTRPGでもする? 否! ちまちまダイスを振ってられやしない! じゃあ飲み比べ? 否! 朝までかかる勝負なんて待てるわけがない! 腕っ節を競うにゃ昔からこれだ! そう、腕相撲!」

 椅子を二脚、向かい合う位置に。

「方や筋肉なら誰にも負けない――おじさん名前は?」

「マスラだ!」

「マスラ! 見てこの腕! あたしのウエストより太い!」

 二の腕を触りながら両手でぶら下がるポーズ。そっとつま先だけでジャンプするとマスラはわかってくれて、そのままニスタは持ち上げられる。おぉ~。知り合いらしき声。いいぞ、マスラ! こっちのおじさんが地元の人だな。じゃああっちの青年は旅人だ。マスラの背中を軽く押して椅子に座らせる。

「お兄さん名前は?」

「フォルテ!」

 声の大きさから勝負が始まっている、と言わんばかりの大きな声。

「方や赤い鎧の好青年フォルテ! 若さと闘志は誰にも負けぬ! 持久戦になれば勝機ありか!」

 フォルテの背中を押して、マスラの反対側の椅子に座らせる。

「そこの美しいお姉さん!」

 ニスタが手のひらで示した先には、アラハギアンな衣装に身を包む妙齢の女性。手には緑色のリュート。

「わたしかしら?」

「そう! この酒場であたしの次に美しいあなた! 音楽頼める?」

 くすりと笑い、良いわよと言った女性に椅子を勧めると、足を組んでリュートをつま弾き始める。ひゅ~と上がった声はたぶん、艶めかしいその足に対して。ジャラン~ジャラン~と、試すようなゆったりした音楽。

「じゃあ次、そこの落ち着いた雰囲気のお兄さん!」

「ぼくのこと、でいいかな?」

「そう、あなた! こんな騒ぎでも落ち着いてるその度胸! 審判をお願いね!」

 なるべく子供っぽく見えるようにウインクすると、狙いどおり、苦笑しながら近くまで来てくれた。

「いよいよだ! さぁいよいよだ! お姉さんテンポ上げて~! 激しい曲が良いな」

 音楽はアップテンポなものに変わる。音も大きく、強く。

「ふたりとも準備オッケ~? 『おう!』 じゃあ、お兄さん始めちゃって!」

「ふたりとも手を前に、そう、力を抜いて」

 握り合った両者の手を、お兄さんは軽く揺らして力が入っていないことを周りに見せる。んだとおり、このお兄さんは場慣れしている。大人しそうに見えて、その声はよく通り、安心感がある。

「では、女神の名の下に、公正に、両者恥じることなく、――始め!」

 同時にニスタがフライパンをカーンと叩くと、様々な声が飛ぶ。地元のマスラの応援が多いかと危惧したが、フォルテを応援する声も同じくらいある。大丈夫だ。

「どっちもがんばれー!」

 腰を低くして真横から眺める審判のお兄さん。ふたりの腕は開始位置からほとんど変わっていない。先程と違うのは、その腕が膨らみ、血管が浮いていること。顔を赤くする両者。

「おおっと一瞬で決まるかと思いきやいい勝負! はいはい、マスラを応援する人、声出して! せーの!」

 恐らく飲み仲間なのだろう、ビール片手におじさんたちが声を上げる。

「フォルテも負けてないよ~! フォルテを応援する人、大きな声で応援してー!」

 こちらは、いいぞ、兄ちゃん! というおじさんの声から、若い女性の声まで様々だ。

「うわぁお、フォルテの身体浮いてんじゃん! すご~!」

 腕相撲のポーズのまま、フォルテの身体は椅子から浮いている。マスラが、フォルテの全体重を支えているのだ。かといってフォルテが屈する様子はなく、両者の握り合った拳は開始位置そのままだった。

「もっと煽っていこうか~! お姉さん、テンポ上げて! もっと! いいね! でももっと!」

 かき鳴らされる旋律は戦いの興奮に似ている。聞いているだけで身体が熱くなるほどだ。音楽に奮い立ったのか、それとも体力差か、フォルテが徐々にマスラを押していく。流石にフォルテの身体はもう浮いていない。

「決まるか!? まだか!?」

 マスラもフォルテも額に血管を浮かせ、真っ赤な顔をしている。やがて、テーブルとマスラの腕の間隔は指一本分となり――。

「勝負あり!」

 お兄さんの声が響くと同時に大きな悲喜こもごもの声。ニスタはフライパンをガンガン!

「はい! お姉さん名前は?」

「え? メリア」

「はい、素敵な演奏で盛り上げてくれたメリアに拍手~!」

 拍手のなか立ち上がったメリアは、額に汗を光らせながら優雅に一礼。ガンガン!

「次、お兄さん! お名前どうぞ!」

「クラルスです」

「はい、勝負の見届け人、クラルスにも拍手~!」

 クラルスは、最近この辺りで流行っているらしい、執事のようなしぐさで一礼。ガンガン!

「最後の最後まで諦めなかったマスラにも拍手!」

 マスラは椅子にだらっと座って顔を天井に向けていた。大きく上下する分厚い胸板。拍手に応え、ゆっくりと拳を天井に突き上げると、拍手は更に大きくなった。

「じゃあ最後! 勝者フォルテに大きな拍手を!」

 テーブルに突っ伏すようにぜえはあ言っていたフォルテの右手を掴み、天井に引っ張り上げるとマスラ以上の拍手が起きる。

「勝者にりたい人は早い者勝ち! さぁ勝ちにあやかりたいなら急いだ急いだ!」

 笑いと、歓声と。酒場中が爆発したように湧いていた。明るい喧噪の中、ニスタ、メリア、クラルスは椅子に座らされ、勝負の舞台となったテーブルを囲んでいた。フォルテはそのまま椅子に座っていたし、マスラはいつの間にか姿が見えなくなっていた。テーブルに次々置かれる料理の山。

「はい、これはあたしからだよ! お嬢ちゃんありがとね~!」

 おかみさんが四つのビアジョッキを勢いよく置いていく。

「マスラも悪いやつじゃないんだよ。ただ、冒険に送り出した息子さんを亡くしちゃってねぇ。同い年くらいの男が無茶しようとするのを見ると止めたくなるんだろうよ。もし暴れてたらしばらく出禁にしなきゃいけないとこだったからね。ほんと助かったよ。ありがとね!」

 高揚感に包まれた店内は、続々注文の声が上がる。おかみさんは「はいよ!」と応えて去って行った。

「はい、じゃあ乾杯ね」

 ニスタの声に全員ジョッキを握る。

「フォルテの勝利に、乾杯!」

 うまい。声を出し汗をかいたその後に飲むビールほどうまいものはないんじゃないか。

「ねぇねぇ、お名前は?」

 メリアがニスタに聞いてくる。

「あ、名乗ってなかったね。あたしはニスタ」

「ニスタ。さっきすごかったね。ああいうの、慣れてるの?」

「慣れてる、のかなぁ。雰囲気が良いときはあんな感じでやることはあるかな? いい勝負しそうだなって思うときにしかやらないよ」

「マスラとフォルテが同じくらいに見えたの?」

「見えた。クラルスも見えたでしょ?」

「そうですね。あんな紙一重の勝負になるとは思いませんでしたが、いい勝負になるとは思いました」

「へっ! あんなおっさん、楽勝だったぜ」

「じゃあどうしてさっきから、左手で飲んでるの?」

 笑いながら指摘すると、メリアも、ほんとだ、と笑う。

「で、なんで喧嘩してたの?」

「知らずにやってたのかよ!」

「だって、途中で入ってきたんだもん。ドラゴンがどうとか?」

「そうだ。ここから南の方でドラゴンの咆哮が聞こえたって噂がある。わざわざ来たってのに、ちょっと情報を聞いただけであれだ。俺がドラゴンを倒せないように見えたらしい」

「ドラゴン倒したいの? なんで?」

「なんでって、そりゃあ名を上げられるからだ。強いものを倒したやつが一番強い。強いやつの名は世に知れ渡る。名が広まれば英雄だ。俺は英雄になりたい」

 だが、とフォルテは続ける。

「ドラゴンと言えば最強のモンスターなのに、ドラゴンを倒したいとか会いたいとか、ドラゴンに興味があるやつは少なくなってきた。寂しい世の中だよ」

「あたしはあるよ」「ぼくはあります」「わたしはあるわよ」

 三人の声が重なり、お互い顔を見合わせる。

「はい、じゃあメリアからね。ドラゴンに興味があるの? なんで?」

「そうねぇ。わたしはご覧のとおり吟遊詩人みたいなことをやってるのね。新しいオリジナルの曲を歌うこともあるし、あちこちで伝わってる昔ながらの歌を弾くこともある。昔の歌にはやっぱりドラゴンをテーマにしたものが多くて、吟遊詩人なのに、ドラゴンを見たことないのはやっぱりこう……」

「資格を持ってない感じ?」

「うん、そうそんな感じ。ドラゴンを見てこそ吟遊詩人って感じがするし、歌にも迫力が出ると思うんだ」

 なるほどな、とくフォルテは相変わらず左手でビアジョッキを傾けている。

「じゃあクラルス。クラルスは、リュート弾きそうにないけど?」

 ぼくは弾きませんね、と笑うクラルスは、そばに置いていた鞄からスケッチブックを取りだしてパラパラめくる。描かれているのは風景だったり、街角の様子だったり、モンスターを陰から観察したような様子だったり様々だ。

「旅をしながら絵を描いています。実際に見たものを描くこともあるし、風景を見て、ここにはこんな物語があるんじゃないかと想像で描くこともあります。メリアさんと似ていますが、あちこち旅をしてみて、やっぱり本物のドラゴンを見て描いてみたいと思うようになりました。実際使えるかどうかは別にして、竜の鱗や爪、血を使って、絵の具を作ってみたいという気持ちもあります」

「酔狂だが、いい動機だ。ドラゴンの鱗はお守りに使われるほどたっぷり魔力がたっぷり含まれてると言われているし、その絵の具ならすさまじい絵が描けるだろうな」

「そうですね。実際すごい絵になるかはわかりませんが、ドラゴンの絵の具って聞くだけでなんかわくわくします」

 クラルスも、ぐびっとビールを飲む。三人の視線はニスタへ。

「あたしか。あたしは、そうだな、この世界が物語だとしたら、できる限り先まで読みたいって感じかな」

「なんだそりゃ」

「過去に何が起こったのか知りたいし、これから何が起こるのか知りたいし、後の世に歴史と呼ばれるような大事件を見てみたい。もちろんドラゴンも見てみたい。物語には欠かせないしね」

「歴史学者のようなものですか」

「わたしはちょっとわかるな。すごい出来事に出会ったら、わたしはきっと歌にすると思う。すごい出来事に出会いたいって思う」

「わからなくもない、というか、英雄になりたい気持ちと、もしかしたら似てるのかもな」

 三人ともいて、それから少しの間、誰も何も言わなかった。黙って残り少ないビールを飲み、られた料理を黙って咀嚼する。話題がないわけじゃない。お互いこれまでの旅を語るだけで、夜はすぐ明けるだろう。だけど、何も言わない。その話は今じゃないのだ。

 ニスタには、みんなが何を思っているのかわかる。さっき出会ったばっかりなのに? とか、普通ならせめてTRPGをするものなんじゃないのか、とか、こんな気持ちになっているのは自分だけだろうか? とか。ニスタも同じ気持ちだった。だから、言った。


「で、出発はいつにする?」


 沈黙は、一瞬。にやりと笑ったフォルテが、明日だ、と答える。

「門の外から乗合馬車が出ているそうです。南方面にも行くそうですから行けるところまでは馬車が良さそうですね」

「わたしが乗ってきたのもそれかもしれない。明日の午前中も出ていると思う。混まないように早めがいいかもしれないわね」

「待ち合わせ場所はどこにする?」

「馬車のところでいいだろ」

「時間は?」

 時間と場所を決めて、そんじゃ! とフォルテが立ち上がる。

「また明日な! 寝坊すんじゃねぇぞ」

「フォルテこそ!」

 四人同時に酒場を出て、それぞれの宿屋に向かう。どんな人生を歩んできたかもわからない人たちと、初対面で待ち合わせ。不安に思っても良いはずなのに、どうしてこんなにもわくわくするのだろう。スキップしたい気持ちを抑えて、ニスタは宿屋へ急いだ。明日は、旅立ちの早起きだ!


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