「旅の極意」
偽グランゼドーラ城 勇者の橋
開催時間 24:00 - 24:30
花火を打ち上げて、アストルティアの生誕をお祝いしよう。
偽グランゼドーラ城 勇者の橋では、みんなで花火を打ち上げて、アストルティアの生誕をお祝いします!
打ち上げ花火はそれぞれでご用意いただけるとより一層楽しめると思います。
打ち上げるたびに
「ハッピーバースデー!アストルティア!」
と白チャットで是非叫んでみてください。より、お祝いムードが演出できます!
花火の打ち上げ自体は0時15分(アストルティアの夜明け時間)を目途に終了します。
その後はフリータイムとなります。その場に残って交流を楽しむもよし、
他の場所に移って、他の交流を楽しむのもまた楽しいでしょう!
偽グランゼドーラ王国編
FINALE
GRAND FINALE SHORT STORY
年に一度の祭りの夜なので、いつもの帰り道もどこか浮かれた空気に包まれていた。こんな町外れにまで聞こえるイベントの歓声や飾り付けられた街灯、笑いながら肩を組んで歩く酔っぱらい、走る子供と追いかける大人たち。浮かれ気分は伝染し、両手に料理の入った袋を抱えていなかったらスキップしたいほどだった。
数日前、街角で少年たちのTRPGを見た。それ以降、何か新しいことに挑戦したくなり、勤め先の酒場で数年ぶりの新作料理を出したら好評だった。恐らく定番となるだろう。挑戦して良かった。料理人として、まだまだレベルアップできるような気がする。今日の屋台も大盛況で、売り切れたから早めに帰ってきたくらいだった。
それにしても少年たちのあのクエストは良かった。挑戦する姿はいいものだ。年齢や境遇によらず、自分もがんばろうという気持ちになる。
そんな前向きな気持ちに溢れていたから、自宅の門の前に膝を抱えて座る少年を見かけたときも、警戒せず気軽に声をかけてしまった。
「おーい、大丈夫か?」
ワンテンポ遅れて顔を上げた少年は、少年ではなく少女だった。顔を下げていたのでベレー帽から下がる二本の三つ編みに気付けなかったのだ。
「大丈夫です。ちょっと今どこにいるのかわからなくなって、休憩しているだけですから」
「なんだ、迷子か」
「迷子じゃありません。子供じゃないので迷い人って言ってください」
これは、変な子だとちょっとおもしろくなる。
「その迷い人さんは、どこに行こうとして迷ったんだ?」
「見たいイベントがあったんですがもういいんです……」
はぁああと大きなため息をついた迷い人は、立ち上がって尻の土埃を払った。背は高くない。目を合わせず、半ば一人言みたいにブツブツ言ってくる。
「わたしっていつもこうなんですよね。最初はあそこに行こうって思ってるのについあちこち寄り道しちゃって、寄り道の途中で寄り道しちゃって、結局迷い人になるんです。冒険者には向いていないんですわたし」
「お嬢ちゃん、冒険者なのか」
言われてみれば、ケープをまとい、しっかりしたブーツを履いていて冒険者に見えなくもない。しかし、街で尋ねればほとんどの人が学生だと言うだろう。
「そうですよ。キーエンブレムもたくさん持ってるし、界隈ではそこそこ有名で、これからも難しいクエストをばんばんこなしちゃうって期待されてるやり手の冒険者なんですよ」
「むちゃくちゃ前向きじゃねーか」
「でも向いてないんです」
「なんでだ?」
「寄り道ばっかりしちゃうからです。同じ時期に冒険に出た友人たちは、もうわたしよりずっと先に進んでいて、会話を聞いてても知らない言葉がたくさん飛び交ってて混ざれないんです」
「別にそれでいいんじゃねーの」
「よくないです。今日だって久し振りに一緒にお祭りに来ることになって、あの子たちはこの時間からここを回ってこのタイミングであっちに行って、って計画立てててすごいなぁ真似しようと思ってたのに結局わたしは最初のイベントの出演者さんに夢中でメモとか取ってたらいつの間にかはぐれてたぶん今日はもう合流できないし、それでも楽しもうと思って狙ってた別のイベント会場に行こうとしたら迷っちゃうしお腹は空いたし、元気が出るまでじっとしてるしかないじゃないですか」
はああとまた大きなため息。
「それでここでしょんぼりしてたのか」
「しょんぼりしてません。ぐったりしてたんです。お腹が空いて」
「そうか、じゃあうちで食べてくか?」
顔を上げる少女。両手の袋を少し持ち上げてみせる。まだ温かく、様々ないい香りが漂っている。
「初対面の見知らぬおじさんから食事に誘われて付いていくことがどれだけ危険なことかわたしだってわかってるつもりですけどさっきからずっといい匂いがしててはっきり言って誘惑に負けそうです」
正直か! と笑ってしまう。
「じゃあ安心させてやろう。おーい!」
上を向き、屋根の方に呼びかけると、屋上の柵越しに三歳の愛娘が現れる。
「父ちゃーん!」
ついで二歳の息子を抱いた妻が姿を覗かせる。
「ご覧のとおり、ごくごく平凡な一般家庭だよ」
「……いい人なんですね? じゃあご馳走になってもお祭りの夜だからって普段の一割増しの料金をぼったくられる心配はないんですね?」
「一割増しはぼったくりか? 料理はたっぷりあるし、ぐったり迷い人から金取ったりしねーよ。おいで」
門を開けてドアに向かう間もおしゃべりは止まらない。
「朝起きたら身ぐるみはがされ牢屋につながれてて、くすぐられながら暗算を強要されたりしないですか?」
「拷問のイメージどうなってんだ! 警戒するならもっとリアリティある危険を想定しろ! 何より一般家庭に牢屋はない!」
やっぱ変な子。
変な子ではあるが、裏表のない良い子である、ということを妻も一目で見抜いたようだった。泊まっていきな、まずはシャワーでも浴びてきたらと勧めると、最初はためらっていた少女も、祭りの日のこんな時間だともう宿屋も部屋がいっぱいと諭され素直に頷いた。
屋上の食事の準備はすぐ整った。テーブルには真っ白なクロスが掛けられ、皿とカトラリー、グラスにバゲット。持って帰ってきた各種肉料理と妻が作ったサラダにスープ、ワインとジュース、たっぷりのフルーツ。食べる暇のなかった賄いを持って帰ってきたので、いつもより量の多い食卓となったがひとり多いのでちょうど良いくらいだろう。ちびっ子二人は夜の早いうちに別メニューを食べているはずだが、今もフルーツに興味津々のようだった。
「おとぎ話に出てくるみたいなごちそうですね」
妻のゆったりとした部屋着に着替えた少女が扉を跳ね上げ屋上に上がってきた。三つ編みがほどかれているせいか丸でただの少女で、キーエンブレムを持っているような冒険者にはとても見えなかった。
「ちったぁ元気が出たか」
「まだ何も食べてないのに元気になったりしません」
あっはっはと妻が笑う。
「じゃあ元気を出すためにもさぁ食べよう。余っちゃうといけないし、遠慮しないでたっぷり食べてね」
「ありがとうございます。泊めて貰うことになってしまって、もうこうなったら遠慮せずどんどん行きます」
乾杯で始まった食事は自然少女の話になる。旅立ちの理由、どんな場所を旅してきたか、強敵と思い出。しかしやはり冒険者に向いていないという話に落ち着き、ナイフとフォークの動きが止まり、再び大きなため息をつくのだった。
「寄り道ばっかしちゃうのが悩みなんだと」
「あら素敵じゃない」
「だろ?」
「どこがですか? 最初に受けたクエストは中々進まないし、一緒に旅立った仲間には置いていかれる感じでちょっと疎外感があるし、朝、今日はこれをしようって思って起きるのに、夜には全然違うことしちゃったって後悔するんですよ?」
どっちが話す? という意図の視線を妻と交わす。
「寄り道をする時ってさ、おもしろそうだからするんでしょ?」
「……そうですね。さっきまでの目的を忘れてそっちに夢中になっちゃうんです」
「例えばどんなだ?」
「例えば……レンドアを歩いてたら、バトエンやらないかって誘われたんです。知ってますか? バトエン。エンピツを転がすやつです。大変な強敵でしたけどやっつけて、エンピツも全部集めたし仲間と勝負しようかなって歩いてたら今度は釣りをしないかって言われて弟子入りして、その辺りの魚を釣ってじゃあいよいよ別の大陸に行こうかなって歩いてたら何だかよくわからないナスに話しかけられたんです。オレンジ色の。まぁあのナス君は月に2回会いに来ればいいらしいからまだマシなんですけど」
「そんでその後はファーラットやら黄色のスライムやらに話しかけられた訳か」
「心を読むのはちゃんと許可を得てからにしてくれます? ……でもそのとおりです。わたし、レンドアを一周するだけで一ヶ月くらいかかってるんです」
「それってね。あたしはやっぱりいいことだと思うな」
「どうしてですか?」
「それはねぇ、あなたが自分の興味に素直な証拠だからよ。おもしろそうだと思ったらすぐ行動に移すってことでしょ? 自分の好奇心に素直であること。これは旅の極意その一よ」
もちろんある程度のバランスは必要だし他人に迷惑をかけるのは良くないけど、と妻が言うと、少女は切った鶏肉をぱくりと口に入れてもぐもぐする。
「今日も迷ったって言ってたが、迷って、結局どうなった?」
「どうなったって……初めて会った人の家に上がり込んでお風呂まで借りてご飯までごちそうになって泊めてもらうことになって、あの、もしかして冷静に考えてわたし、すごく恥ずかしいことをしてるんじゃ……」
「その鶏、味はどうだ?」
「おいしいです。すごくおいしいです」
「迷ってなかったら今夜、その鶏を味わうことはなかった。だろ?」
「でも、それは偶然話しかけてくれたからで……」
「偶然を楽しむこと。これが旅の極意その二、だ」
そのに……とつぶやき少女はまた一口食べる。
「旅なんてマイペースでいいんだよ。ご友人のスピーディーで計画的な旅もよし、興味に従って迷いながら旅をするのもまたよし。違う道を行けば違うものを見る。たとえ同じものを見たって違う感想を抱く。そうやって旅は人それぞれ違うものになる。自分の道を行けるならどんなに回り道でも旅は大成功さ」
少女は、言われたことをかみしめるように口を動かす。飲み込んで、オレンジジュースに手を伸ばす。
「ご友人には悪いが、今日迷ってなかったらこの料理は食べられなかったし、こんな光景を見ることはなかった、って思えば、迷うのも悪かないだろ?」
「こんな光景?」と言った少女の髪が赤く反射する。次いで空から響くどーんという大きな音。かすかに揺れるワインの水面。振り返って見上げる少女。花火だー! と声を上げるちびっ子二人は食べかけのスイカを放り出し、雑に手を拭き、敷いてあった絨緞の上に寝転ぶ。その上を、次々に花火。赤の、緑の、紫の。
祭りの終わりの花火は勇者の橋からよく見えるような位置に打ち上げられ、海に近いこの辺りだとほとんど真上に見える、という説明は、しても意味がなさそうだった。少女は手を止め真上を向きぽかんと口を開け、目を見開いている。その顔を、空いっぱいに広がる花火が照らし出す。屋上からの見る真上の花火は距離も近く、世界中が花火色になる。
「すごい……。なんか、すごいです」
少女が目をしばたたかせる。
「寝転んで見ると、もっとおもしろいよ」
それから五人で絨緞に寝転び花火を見上げる。最初は光る度に声を上げていたちびっ子たちはしかし、こんな轟音の中、やがて眠ってしまった。普段はもう寝ている時間だからだろう。
今年も、この花火を見られたなぁとぼんやり思う。今年はしかも、初対面の冒険者の少女と一緒に。どちらかに悪意があったら大変なことになっていたかもしれないのに、お互いお人好しなことだ。あるいはこれもまた、少女の持つ冒険者の資質のせいなのかもしれない。
言いたいことが伝わったのか、少女がどう思ったのかはわからない。ただ、のろのろと屋上の後片付けをする間も、その顔はずっと、考え事をしているようではあった。遠くを見るように、花火に目がくらんだかのように。
翌朝、寝癖を付けたままダイニングキッチンに現れた少女は、朝ご飯をもりもり食べた。それを見たちびっ子たちは、珍しくぐずらず朝ご飯を食べた。いいことだ。
「今日はどこを迷う予定だ?」とからかったら、寝ぼけ眼のままにやっと笑い「好奇心の赴くままに、ですよ」と返ってきた。
出立を、家族四人で見送る。ちびっ子たちを撫でたあと、三つ編みの少女は言った。
「昨日から図々しさを重ねに重ねて天井まで届きそうですが、一番ふさわしい気がするので笑わないで聞いてください」
少女は片手を挙げて「いってきます」と言った。二人とも笑わなかった。その挨拶が、一番ぴったりだと思っていたから。
「おう、いってらっしゃい」
「旅の極意、忘れないでね」
それから明るい日差しの中、少女はしっかりとした足取りで歩き始めた。ちびっ子たちも手を振る。
「あの様子だと、その三には気付かないかもしれないね」
「そうかもな」
旅の極意その三。旅を続けられることの幸せを実感すること。しかしそれは多くの場合、望まぬ理由で旅を止めざるを得なくなったとき初めて気付ける極意でもある。
「だが、あの子はきっと大丈夫だ」
「そうだね。朝ご飯しっかり食べてたしね」
そうさ、偶然を喜べるよう、今日の朝食は特においしく作ったのだから。
遠くで少女が振り返り、満面の笑みで大きく手を振った。
手を振り返して見送るその後ろ姿は、どこからどう見ても、ちゃんと、一人前の冒険者、だった。