「メロンソーダとレモンスカッシュ」
ドルワーム王国 水晶宮前大階段 E4E5
開催時間 24:00 - 24:30
冒険者ドレスアップで、踊ろう。
ドルワームでのグランドフィナーレは、みんなで踊ります!
下段のショートストーリーにならって、「冒険者(旅人)ドレスアップ」で参加してみませんか?
特にこれといった定義はありません。本グランドフィナーレのサブタイトル「メロンソーダとレモンスカッシュ」をロールプレイして楽しもうという緩やかなご提案になります♪
ドルワーム王国編
FINALE
GRAND FINALE SHORT STORY
「それじゃあドルワームに行っても無駄ってこと!?」
よく通る女性の声がオアシスの隊商宿に響き渡り、声に驚いたのか、先ほどまで聞こえていたベースの音が止まってしまった。声のする方を見ると、冒険者らしき女性が宿屋のご主人に詰め寄っていた。ドルワームの情報が得られるかと近寄ってみる。
「無駄ってことはないが、お嬢さんTRPGをしたいんだろう? だったら数日は待たないといけないかもしれないねぇ」
「数日……! せっかく初めてのドルワームだって言うのに」
「なんで数日待たないといけないんですか? あ、えっと、わたしもドルワームに行って仲間を探そうと思ってまして……」
ふたりの目線がわたしに集まる。女性と目が合う。よく見れば同い年くらいかもしれない。青い髪、エメラルド色の目をした素敵な女の子だ。
「お祭りだからねぇ。街の人にとっても冒険者にとっても休日みたいなもので、遊びとしてはやってるかもしれないが、仲間を探すような真剣な人たちとは多分しばらくお預けだろうねぇ。でも、一年に一回のお祭りだからね。行って損はないと思うよ」
青い髪の女の子は、袂から手際よく地図を広げた。あちこちに書き込みがあり、使い込まれている。
「今は正午前よね? 今の季節は夕方にかけて風がこの向きに吹くから、南の砂丘の影を通った方が良さそうね。道のりは長くなるけど、体力的には楽だわ。夜になるとゾンビ系モンスターが出るからその前に砂漠を抜けた方が安全、と。情報をありがとう、とりあえず行ってみるわ」
そう言って背中に垂らしていたフードを被り、風で飛ばないよう布製のバンドを付け、マスクを付けたその姿はすっかり砂漠の旅人だった。
「あ、あの! わたしもドルワームに行くんですけど、良かったら一緒に行きませんか?」
あなたとわたしが? 口には出されなかったが、わたしを上から下まで見つめたエメラルド色の瞳がそう言っていた。
「初めて会った人と砂漠を行くのは危険だと思うの。それに」
それに、の続きも無かったが、言わんとすることはわかった。全身砂漠のための旅装に身を包んだ彼女に対し、わたしはいかにも旅慣れていない。貰ったり拾ったりした装備だから全身ちぐはぐだし、さっき倒したアロエおにの返り液がちょっと付いているかもしれない。
「それじゃ」
軽々と荷物を背負い、颯爽と、その女の子は砂漠に飛び出していった。春一番みたいだ。
「ふられちゃったねぇ」
「いいんです、わたしと友達になってくれる人なんていないので」
そんなことないと思うけどねぇとご主人。
「あなたも出発した方がいいんじゃない? ドルワームに行くんでしょ? あの子みたいに、南の砂丘沿いに行くなら早い方がいいと思うよ」
「いや、えへへ、あの、わたしは風とか砂丘とかよくわかんないんで、もうちょっと休んだら、見えるとおりにまっすぐ行こうと思ってます!」
「そうかい。水の準備だけはしっかりねぇ。革袋が足りなかったらそこの道具屋でも売ってるから」
親切なご主人はあれやこれやとアドバイスをくれ、最後にはやくそうや乾燥肉をくれた。たぶん、わたしが心配だったんだろうな。あの子に比べて、いかにも鈍くさそうだから。
そんなわたしでも、どうにか宵の口にはドルワームに着いた。巨大な門に近付くにつれ行き交う人が増え、さすが歴史ある国、ドルワーム王国! と思っていたのだけど、いよいよここからが街の中、というあたりの人の多さは何だか普通ではなかった。いくら王都でも、こんな、すれ違うのも苦労するほどの人混みはおかしい。ひとまず道を尋ねられる人か、案内看板か、見通しの良い場所を探そうと人の波をかき分け進んでいくと、何かを配っている人がいたのでもらってみた。パンフレットのようで、スケジュールや地図が書いてある。それでやっと思い出した。そうだ、お祭りがあるって言ってたっけ。それにしても、こんなに大きなお祭りだったとは! 世界中から人が集まってきてるんじゃないかなってくらい人がいる。
「ようこそ! 何目当てだい?」
ドワーフの元気のいいおばちゃんが声をかけてくれた。
「何も知らずに来たので、目当てとかよくわからないんです」
「そうかい! わからないことがあったら何でも聞いてね」
「あ、じゃあ早速。これ、すごくたくさん人がいますけど、ドルワームの王様の誕生日か何かですか?」
「いやいや。世界の誕生を祝うお祭りさ。他の街でも開かれてるし、ドルワーム王家は協力してくれてはいるけど、主催は主に冒険者たちだしね」
「冒険者? 冒険者がお祭りをやってるんですか?」
なんで冒険者がお祭りをやるんだろう?? 今までそんな話を聞いたことがない。
「なんでって……冒険者の全員がこういうイベントをやるわけじゃないんだけど、そうだねぇ、冒険者は世界中のおもしろいことを求めて旅してるだろう? こういうお祭りも、『おもしろいこと』のひとつって思った冒険者がいるんだろうね。そういう人たちにとって、たぶん、これもまた冒険の形のひとつなんじゃないかね」
あたし談! とおばちゃんは豪快に笑った。
「お嬢ちゃん、こういうイベントには不慣れだね? じゃあこれをあげるから付けときなよ」
ばしっと肩当たりに貼られたのは緑と黄色の矢羽根型のワッペンだった。
「初心者マークだよ。糊の跡は残らないから大丈夫!」
「これ付けてるとどうなるんですか?」
「慣れてないって周りの人から見てわかるからね。色々説明してくれたり親切にしてくれたりすると思うよ」
なるほど。ちょっと恥ずかしいけどわたしがドジを踏んでも許してくれるかもしれない、と思うと少し気が楽になる。
「じゃあ楽しんでおいで」
「ありがとう!」
まずは何から見に行こうかな、と辺りを見回したとき、揺れる青い髪が目に入った。あの子だ。今はフードを取り、迷いのない足取りで歩いている。人混みでも目立つほど綺麗。明かりに照らされそれはまるで、身分を隠して旅する砂漠のお姫様のようだった。童話の世界だ、と思っていたのに、その肩の辺りに緑と黄色の初心者マークを見つけてしまい、思わず声を出して笑ってしまった。あんなにかっこいいのに、綺麗なのに、旅慣れていそうだったのに、わたしと同じ初心者マークを付けているのだ。
笑い声に気付いたのか、目が合った。睨まれている。ふん! とあからさまに悪態をついた青い髪の初心者マークは、颯爽とどこかへと行ってしまった。怒った顔も、お姫様。
人の波に乗るようにして、出し物の会場のひとつにたどり着くことが出来た。ドルワーム王国の入り口あたりは高台になっていて遠くまで見えるのに、実際行こうと思うと結構大変だった。わたしは今どこの何階にいるのだろう? って。
素敵な踊りを見終えて次の波は、と周りを見たとき、またあの子を見つけた。人混みでもお姫様は目立つのだ。また怒らせてはいけないから今度は笑わないように背を向け、次の行き先を探すため、貰った地図を回転させる。まずは向きを合わせないと地図は役に立たないように出来ている。
「どこに行きたいの」「ひゃああ」
後ろから声をかけられて変な声が出た。振り返って青い髪のお姫様。
「あ、あ。えっと、これを見に行きたいなって」
「それならこっちからが近いわ」
先導するように歩き始める。
「連れて行ってくれるの? ありがとう」
「ふたりの方が、初心者マークが目立たないでしょ」
やっぱり気にしてたんだ、とまた笑いそうになってしまった。
道案内は、初めて来たとは思えないほどスムーズだった。どの道がどこにつながっているか知っているし、カミカラクリとかいう機械についても詳しそうだった。
「すごいね。詳しいんだね」
話を聞いてみれば、事前に色々調べてきたのだという。道に限らず、名産品や文化、歴史、挨拶など、色々調べてから旅をするのが彼女のスタイルなのだ。
「でも、こんなお祭りをやってるなんて知らなかったわ。こんな世界があるなんて……。詳しく知りたいと思って色々聞いてたらこれを付けられたの」
忌々しげに初心者マークを睨む彼女。嫌なら外せばいいのに、と言うと、その場に相応しい格好をしたいの、との答え。彼女が詳しくないというのなら、わたしは三枚くらい付けないといけないかもしれないなぁ。
それからあちこちの出し物を見た。おしゃれな一団を見てきゃーきゃ言うわたしの隣でファッションの特徴をメモしたり、ダンスショーを見ては手の動きを真似たり、色々学ぶぞ! という姿勢がすごい。
街ゆく人を見ても、
「ねぇ。さっきから気になっていたんだけど、スライムのグッズを身につけた人、多くない? 何かしら。ドルワーム伝統の意匠かしら? 単なる流行? それともそういうイベントがあるのかしら……」
と、こんな感じ。
「そういえばそうだね。聞いてみようよ。すみませーん!」
「あ、ちょっと」
スライムのピアスを付けた親切そうなウェディのお兄さんは丁寧に教えてくれた。
「これはスラドレ、だね。何かしらスライムのアイテムを身につける、スライムドレアのことだよ。このお祭りではスラドレが推奨されてるんだ。まぁ一体感の醸成、みたいなものかな。知らない人を見ても、お、この人もスラドレしてるぞ、仲間だなってわかるでしょ。もちろん無理にすることはないよ。これも遊びの一種だからね」
お礼を言った別れ際、お兄さんからのウインクを受け取って不器用なウインク返しをするわたしの隣で、彼女が驚いた顔をしていた。
「スラドレを、しなくちゃ」
「え? 今から?」
「言ったでしょ。その場に相応しい格好をしたいの」
と言うから人が何十人も入れそうな金庫のある預かり所(さすが王都!)に行って着替えることにした。
「あなた、それ、Tシャツ?」
「えへへ、これしかなかったみたい」
久し振りに着たスライムのTシャツはちょっと子供っぽいような気もしたが、動きやすくて涼しいし、初心者マークと相性がいい、と思う。
「そっか、お祭り……お祭りなのよね……」
ブツブツ言いながら預かり所の奥まで戻り、やっと出てきた彼女は目立つ青い髪を結い上げ、スライムベスTシャツ、七分丈のデニム。砂漠のお姫様から、都会のスラドレビューティーへ。ただし初心者マーク付きの。
「何でも似合うね。かわいい」
当然でしょ、という態度が返ってくるものと思っていたけど、実際返ってきたのは「ありがと」という一言だった。
お揃いみたいで嬉しい。それから強引に腕を組んで、街のあちこちを巡った。楽しい。こんなに大きなお祭りは初めてで、冒険者が主催するイベントも始めてで、出し物はどれも素敵、暑くも寒くもない夜の風がさわやか。友達のいないわたしは誰かとこうして歩くこと自体とても楽しかった。なんていい夜なんだろう。
「あ~疲れた。ちょっと休憩しましょ」
酒場の前に並べられたテーブル席に座って 背もたれに寄りかかり、Tシャツの裾をパタパタさせる彼女。
「何か飲み物買ってこよっか? リクエストある?」
「お願い。メロンソーダがあったらそれで。なかったらお任せで」
オッケーと答えて近くの屋台の列に並ぶ。メロンソーダとレモンスカッシュを買い、初心者マークみたいな色だなぁと思いながらテーブルに戻ったら、そこに、彼女は、いなかった。
ぐるりと見回してみたが、あの目立つ、青い髪は見つけられなかった。あんなに目立つのに、どこにも。
テーブルにグラスを置いて待ってみるけど、姿は見えないままだった。背筋が冷たくなる。
またか、と思った。結局またこうなっちゃうんだ、って。
空気の読めないわたしはいつだって知らないうちに人を傷付ける。友達多いでしょと言われるくらい誰にでも気軽に話しかけられるけど、わたしの控えめな勇気は肝心なときに溢れてこない。やっと絞り出して「友達になって」と言って返ってきたのは「あんなことしておいて、よくそんなことが言えるよね!」という恨みのこもったまなざし。そのくせわたしには『あんなこと』が何だったのか、最後までわからないのだ。きっと彼女もそう。知らないうちに傷付け、怒らせたから去っていったのだろう。何もかも不器用なわたしには、やっぱり初心者マーク一枚じゃ足りなかったのだ。
深呼吸して、大丈夫大丈夫って自分に言い聞かせる。今日はここまでとても楽しかった。それは変わらない事実だから。彼女はそうは思ってなかったかもしれないけど、わたしはとても楽しかった。もしかしたら、冒険者になってから、一番。黙って去って行ってしまったことを、だから恨まない。伝える機会はないけれど、怒らせちゃってごめんね。
涙がこぼれないよう、ゆっくりと呼吸する。テーブルの上に置いたレモンスカッシュの、のぼりゆく泡を眺めながら。
やっと落ち着いてきて、せっかくだから二本とも飲んでしまってから宿屋に向かおうって決めたのに、それなのに。
「ああごめんねありがとう。いくらだった? 酒場でトイレを借りたんだけど、すごく並んでて時間がかかっちゃった。ところでもうすぐダンスイベントが始まるんだって。誰でも参加可能、って……どうしたの? 大丈夫? 泣いているの?」
青い髪のスラドレビューティーは、優雅にわたしの向かいに座ったのだった。
「何でもないよ。ちょっと身体が冷えちゃっただけ。ダンスイベント、どこであるの? 行くんでしょう?」
「ああ、えっと、うん、行こう。一番目立つところに行っちゃおう」
急いで飲み干したレモンスカッシュは、力が抜けきった身体に染み渡る甘さだった。
メロンソーダを飲む彼女を見ながらわたしは決意した。言わなきゃ。
さっきみたいに離ればなれになってしまったらもう二度と会えないかもしれない。広い世界を旅する冒険者たちだから、会おうと思いつづけなくちゃ。
だから言わなきゃ。友達になってって。きっと性格的に、彼女からは言ってくれないだろうし、そもそも、友達になりたいと思っているのはわたしだけかもしれないから。勇気を、集めなきゃ。
また強引に腕を組んだけど、彼女はもう嫌がらない。人の流れに乗ってダンスイベントの会場を目指した。
「この辺りが真ん中、だと思うのだけど……」
人の流れは止まっていて、たぶん、音楽が始まるのを待っている。
「聞いてみよう。あのー! すみません、ダンスの会場はここですか?」
階段の上にいたドワーフの男性に呼びかけると、
「会場がどこかって? いつだって自分のいる場所がステージだぜ! そうだろお前ら!!」
一瞬の後、地鳴りのような大歓声が沸き上がった。それを合図に始まるビートの高い音楽。踊りに合わせて揺れる青い髪。彼女は踊りも上手だった。妖艶なダンスをしている時は砂漠のお姫様、流れるように歌姫の踊り、手を叩いて情熱の踊り。いいや、彼女が足でリズムを踏むだけで、それは既にダンスなのだった。目立つ彼女の隣で、素人丸出しのわたし。でも楽しい。胸の中から白いエネルギーが湧いてきて、砂漠を渡ってきた後だというのに身体は踊り続ける。昔のことも、明日のことも考えない。今は、今だけ。時折交わるエメラルド色の瞳。彼女も笑顔だった。踊り終えたときに、言う。踊り疲れたその時なら、いいよって言ってくれるかもしれない。だから今は、ダンスを。もっとダンスを。
やがてバンドメンバーが、踊る人たちの間を縫うように移動しアピールしていく。彼女のそばに来たとき、その踊りの上手さに気付いたのかメンバーが取り囲む。急にバラードになったり、アップテンポの陽気な曲になったり、しかし彼女はそれに合わせて踊りを変える。むしろ、彼女が演奏を導いているのかもしれない。ダンスが変わるたび、口笛と拍手が沸き起こる。最後に、彼女が華麗にお辞儀して観衆に応えると、バンドはまた陽気に移動していく。
それから彼女はわたしの前に来て、リズムを取ってまた踊る。わたしも合わせてつたなく踊り出す。目を合わせたまま、彼女が言った。
「わたしね、あなたと友達になりたいよ。どうかな?」
言ってくれるって思わなかったから。わたしから言って、いつもみたいに断られると思っていたから。わたしはもう踊れなくてしゃがんでしまう。
「嫌だった? ねぇ泣かないで。ごめんね。わたし、こんな性格で、だから、いつも」
泣きそうな声でそう言うから、わたしはますます涙が溢れてきてしまう。
「嫌じゃない。嬉しいよ。とっても嬉しい。ありがとう」
わたしがそう言うと、彼女が笑った。泣きながら、夕焼けみたいに。
それからまた、飲み物を買うため屋台に並んだ。今度は、青い髪、エメラルド色の目をした、わたしのすてきな友達と、一緒に!