ドルワーム王国編
GRAND FINALE
GRAND FINALE SHORT STORY
目が覚めて、まず自分の身体を確認した。
大丈夫だ、大きな痛みはない。
天井にかざした手も、間違いなく俺の手で、魔物に変わってもいなければ、感電が続いている様子もない。
そもそもランプの付いた天井が見える。
やっと、昨晩宿屋に泊まったことを思い出した。また、戦いの最中に大ダメージを受けて気絶したのかと思った。
ドルワーム特有の、調光機能のあるガラス窓から、それでも赤い光が漏れていた。朝焼け。
その割に、窓の外からにぎやかな声が聞こえる。
内容までは聞き取れないが大声の会話、笑い声。時折、太鼓を叩くような大きな音。
まだ戦闘中だと思わせたのは、この音が原因かもしれない。
身体を起こし、部屋の隅にある姿見の前に立つ。
やはり怪我はなく、顔色も悪くない。これならすぐにまた戦いに向かえそうだ。
ただし ――ベッドの脇に視線をやる―― 大きく損傷した愛用の鎧を直してもらわなくてはならない。
馴染みの鍛冶屋には匙を投げられるほどの損傷でも、防具ギルドのあるドルワームなら直せるはずだ。
姿見の前でストレッチをしていたら、急に空腹を自覚した。まずは腹ごしらえだ。
部屋を出て階下に降りると、宿の女将に声をかけられた。
「おはよう。よく眠れたようだね」
「おかげさまでね。軽く何か腹に入れたいんだが、お願いできないかな。サンドイッチとか」
女将が手際よくカップを出してくれたので、テーブルについて口を付ける。火傷しそうなほどのお茶。
ドルワームらしい、薬効のありそうな香りがする。
「あんたみたいな若者が、晩飯にサンドイッチだって? お祭りの夜なんだ。肉食いな、肉!」
「お祭り? いや、それよりも……晩飯?」
「なるほど。朝だと思ってるんだね。今は夕方だよ。あんた、鎧を修理して欲しいから防具ギルドが開くまで寝るって言って深夜にここに来て、結局一日中寝てたんだから」
どおりで体調がいいわけだ。最前線での休養は、常に短時間にならざるを得ない。
一秒休めば、一秒置いていかれる。新しい戦い方が見つかり、モンスターの分析が進み、ライバルたちは先へと進んでいく。
「お祭りって?」
来な、と手招きして女将が宿のドアを開ける。喧噪が、熱気とともに塊のように飛び込んでくる。
宿の前から水晶宮の前まで、見渡す限り人で埋め尽くされていた。
ドワーフだけでなく、他の種族も大勢。笑い、食べ、飲み、歌っている。
「こりゃあ、すごいな」
「アストルティアの生誕を祝う、一年にいっぺんのお祭りだからね。盛大にもなるさ」
「防具ギルドに行くのも苦労しそうだ」
「野暮なこと言ってんじゃないよ。今日は防具ギルドだって休みさ。いるのは酔っ払いだけだろうね。明日、できれば明後日にしな。二日酔いでハンマー持って欲しくなけりゃね」
「悠長にしていたら、あいつらに」
続きを口にはしなかったが、女将は「負けたくない気持ちもわかるけどね」と言った。
「上手に休まないと、どっちみちいい成果は出ないよ。あんたの鎧も、無理したから壊れちゃったんじゃないのかい」
それに、と女将が指を差す方向、水晶宮の前の広場には、踊っている一団があった。
街の人もいたが、冒険者らしき姿が目立っている。笑い合う冒険者。中には、最前線で見たことのある顔もあった。しのぎを削る最前線では見られない笑顔。
「ライバルたちも、今夜はきっと休んでるさ。この世界がなければ戦うことだってできないんだし、あんたも踊っていきなよ。その方が粋ってもんだよ」
大太鼓のような音がした。見上げると、花火。
「まだ夕方だってのに気の早いのがいるね。そもそも踊りも夜からだから、あの辺の連中もせっかちなんだけど」
「花火……」
花火が見たいなら、と女将が言った。
「グランゼドーラの方がおすすめだよ。踊りたいならここだけどね」
修理を諦め、新しい鎧を買えば今日中に最前線に戻れるのかもしれない。
しかし――。
色とりどりに染まる数々の笑顔には、心配事なんて何もないような無邪気さがあった。
楽しいから笑う、というシンプルな力強さ。あの笑顔を否定することなんて、誰にもできないんじゃないか、と思ったから。
「……ドルワームで一番うまい肉は、どこで食える?」
任せな地図を書いてあげようと女将はカウンターに戻っていった。
腕を組み、背を壁に預けながら、冒険者たちを、踊りを、祭りを眺める。先ほどに比べ、人が増えている。
女将の言うように、盛り上がりはまだこれからのようだった。